Mercedes-Benz 300 SLR (W196S:オープン型とクーペ型 + SLR マクラーレン)
上W196Rと同時に開発されたスポーツレーシングカー(W196S)で、こちらは2座だが基本的メカニズムは同じ内容。
排気量は3リッターとされ、当初は画像奥のクローズドモデル(クーペ)で開発されたが、ドライバーから悪い視界、熱さ、騒音を指摘され
レースにはオープンモデルでの出走となった。
尚、上記のようにドライブシャフトが車体の左側を通過するので、ペダルレイアウトはこんな↓感じ。
http://bbs44.meiwasuisan.com/bin/img/car/13719628250103.jp... W196Rでのレイアウトを優先したためか、ドライバーがシャフトをまたぐ形となっている(着座位置もW196Rより高い?)
また、W196R同様に他を圧倒する程の高性能を誇っていたが、唯一とも言える弱点がブレーキで、
インボードレイアウトのドラムブレーキに対し、ライバルのジャガーDタイプは先進の全輪ディスクブレーキを装備。
それに対抗する手段として高速コースではエアブレーキを装備していた↓
http://bbs44.meiwasuisan.com/bin/img/car/13719628250104.jp... 因みに、クーペ型の方は後に設計者のルドルフ・ウーレンハウトが私用で公道を走り、Uhlenhaut Coupéと呼ばれている。
レースへの出走は1954年はW196Rの開発に集中していたため1年遅れの55年からとなったが、
デビュー戦のミッレミリアではスターリング・モスのコースレコード1位にファンジオが2位で続くなど
出場6レース中5勝という圧倒的な成績を収めている。
しかし、この年のル・マンで300SLRは大事故を起こしてしまう。
レース中、コースを急に変更した市販車改造クラスのマシンに300SLRが後ろから接触。それを踏み台に空中高く舞い上がり、観衆渦巻くグランド・スタンドに飛び込んでしまう。
それは80人の死者を出す大惨事となり、これが引き金となり55年シーズン終了をもってメルセデスは一切のレース活動を休止してしまった。
(1999年ル・マンでもメルセデスCLK-LMは空を飛んでしまったので、昔を知る関係者は肝をつぶしたであろう)
W196R、300SLR共に稀代の名レースカーだったが、W196Rは2年、300SLRに至ってはたった1年の輝きで終わってしまったのである。
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