昭和の終わりくらいですね。
>>40の頃って。
あのころの日産はどれもその「個性」が「かっこよく」見えた。
トヨタやホンダにはない日産らしさ。
あの頃そのちょっと前の日産の中古車と並んでるのを見ると同じメーカーの車とは
思えなかったものな。
昔から「日産は角ばった車」で売れるのジンクス通りだったね。
しかしこの前のB11サニーとか、N12パルサー、リベルタビラ、ラングレー兄弟の酷さ。
特にラングレーはとってつけたようなスカイライン顔。そして当時のFFファミリアに
追随したようなスタイル。
マーチは同じジウジアーロのデザインのフィアットティーポとは
似ても似つかないような地味でつまらない車に、なのになぜか玩具みたいなターボ&近藤真彦。
ブルーバード910はかろうじてコロナを抜くヒットだったものの同じクラスのT11(バイオレットリベルタ、オースター、スタンザ)がメーカー渾身のFF化突破口になるはずだったのに見事失敗。
途中で顔をブル顔に大きく変えるし。
S12シルビアはプレリュード人気にあやかろうとしたものの今イチパッとせず。兄弟車のガゼールも消滅(その後180SXの時に整理されて復活)
ソアラに先駆けて出たレパードも「高級感」のアピールに欠けたこと(+4ドアの妙に間延びしたスタイル)で後発のソアラに負け
R31スカイラインはマークⅡ路線にいって途中であわててGTS-Rとかわけわからないのを追加したり
Z31も直6になったりV6になったりで迷走を繰り返し、セドグロもY30はクラウンの厚化粧
劣化コピーみたいで爺臭いかんじでどれもこれも「日産は中古で買うならお得な車」の
イメージがあったからなあ。
今思うとミニバンの先駆になるはずのプレーリーも発売後すぐに放置プレイ状態だったし。
まさに今のゴーン日産よりもはるかに悲惨な状態だったと思う。
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